大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和35年(ラ)222号 決定

再抗告人 松尾定一 外一名

主文

本件再抗告を棄却する。

再抗告費用は再抗告人等の負担とする。

理由

再抗告人等代理人は「原決定を取消す。本件を長崎地方裁判所大村支部に移送する。」との裁判を求め、その理由として別紙記載のとおり主張した。

原決定は再抗告人主張のように、民事訴訟法第三〇条第一項による移送の申立を却下する決定は本来裁判所が職権でなすべきもので、そのことを理由として移送の申立は職権の発動を促す申立であるから、これを却下した決定に対しては第三三条の適用がないとして、再抗告人の抗告を不適法として却下した。

第三三条の文理解釈としては一見移送の申立を却下したすべての裁判に対して即時抗告が許されるかのようであるが、同法第三一条及び第三一条の二が申立又は職権による移送を認めているのに対し、第三〇条第一項がかような点について何等規定していない点から考えると、原決定の解しているように第三〇条第一項の場合、当事者は訴訟が裁判所の管轄に属しないことを理由として右移送決定の申立をする権利を有せず、従つてかような申立がなされた場合でも、裁判所としては移送決定に対する職権の発動を促す申立と解して取扱えば足るのであるから、その申立を受けた諌早簡易裁判所としては移送申立却下決定をする必要はなかつた訳である。

ところが同裁判所は右不必要な却下決定をなしたものであるが、本来第三〇条第一項の裁判に対しては当事者に申立権が認められていないのであるから、右のような却下決定に対しても同法第三三条による即時抗告の申立は許されないものと解するのが相当であり、本件即時抗告の申立を不適法として却下した原決定は正当である。

なお、訴訟物の価格の算定については民事訴訟法第二二条第一項にいわゆる訴を以て主張する利害によるべきことは再抗告人主張のとおりであるが、原裁判所(諌早簡易裁判所)は本件起訴当時における本件土地の固定資産税の課税標準となる価格を基準として訴訟物の価格を算定していることが明かである。

思うに、訴訟物の価格の算定についての昭和三一年一二月一二日民事局長通知は従来各裁判所における受付事務の取扱が分れていた実情にかんがみ、これを全国的に統一するために一定の基準を設けたもので、所有権については固定資産税の課税標準となる価格のあるものについては、その価格を以て目的たる物の価格とし、本訴のように所有権にもとずく物の明渡請求については目的たる物の価格の二分の一と定めている。

もつとも右通知も、この基準は訴訟物の価格に争いがあるとき等の基準となるものではないとしているが、元来訴訟物の価格を如何に算定するかは裁判所の職権調査事項であつて、たとえ価格の算定につき争があつても裁判所は常に民事訴訟法第二八条による職権証拠調(殊に鑑定等)の義務を負うものでなく、当該訴訟に現われた資料を綜合して判定すれば足りるのであるから、本訴においては一応起訴当時の固定資産税の課税標準となる価格についての疏明があり、再抗告人の提出した乙第一号証(私人作成の証明書)を以ては本件土地の価格が二十万円ないし三十万円であることを証明するには足りないから、本件訴訟物の価格が十万円以下で同裁判所の事物管轄に属するものと認定し同裁判所の措置は正当であると認められる。これを要するに原決定には所論のような憲法第三二条違反、又は決定に影響を及ぼすこと明かな民事訴訟法第三〇条第一項、第三三条の解釈を誤つた違法はないと認められるので、本件再抗告は理由のないものとして棄却し、再抗告費用は再抗告人等に負担せしめることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 林善助 丹生義孝 岩崎光次)

抗告の理由

第一点抗告裁判所の決定理由に依れば第一審の被告(以下再抗告人を被告と呼ぶ)の本件に於ける移送申立権そのものゝ許容性を冒頭から否定し去りその理由として「裁判所の管轄に関する事項は職権事項だから被告の事物管轄違いを理由とする事件移送申立権は許されない、それは民訴第三〇条第一項の法意に照らし明かだ」とされている。然れども同法第三三条に依れば「移送の申立」とあつて明かにこれを許容しており同法文と前記民訴第三〇条第一項とを綜合して考察すれば前記民訴第三〇条第一項と雖えども事件の移送申立権を否定していないことが明かであります。この点は民訴第三〇条一項の解釈に誤りがある。

第二点その次に「………管轄権を有すると認める以上……」となしそれがどうして管轄権を有することになるのかその理由については何等説示していない。

被告が主張し願望するところは次のよりなものである。

第一審却下決定理由に「固定資産税の課税標準となる価格あるものについてはその価格を以て訴訟価格と認むるを相当とする」(昭和三一年一二月一二日民事甲第四一二号高等裁判所長官地方裁判所長宛最高裁判所事務総局長通知)とあり、これに対し被告は民事訴訟法第二二条に依れば「……その価格は訴を以て主張する利益によりてこれを算定する」とあり同条に「利益」とあるは起訴時に於ける真実の価格を指したものと解される訴訟物価格算定には前記後者の民訴第二二条を適用すべきであつて第一審決定が前記前者最高裁判所事務総局長通知を適用したのは誤りであると云うのである。

然るに抗告裁判所の決定では前述の如く単に「第一審裁判所が管轄権を有すると認める以上」とあるだけで形式、実質共に審理もしなければ判断もされていないのであります。

この点抗告裁判所の決定に審理不尽理由不備の違法がある。

第三点第二審決定に依れば被告の事件移送の申立却下決定に対する即時抗告権を否定しその理由として

(1) 「移送の申立とは当事者が移送の裁判を求める旨の陳述をした場合のすべてを包含するものではなく当事者が移送の裁判を求める訴訟上の権利を認められ、その権利に基づいて右陳述をした場合のみを指すものと解するのが相当である」とされる。

然り、全く異論のないところである、本件事件は正にそれに該当するのである(記録精査を乞う)

その次に

(2) (イ)「したがつて、同条をもつて本件原決定に対する即時抗告が許されることの根拠とは解しがたく」とされるが前記前段の意味からすれば本件に限り「ヽヽヽ根拠とは解しがたく」とはならないで「ヽヽヽ根拠と解される」となり前述理由との間に矛盾を生じている。

(ロ) 「他に右即時抗告が許されることの条文上の根拠は見当らない」とされているが

民訴第三三条に依れば「移送の申立を却下したる裁判に対しては即時抗告をなすことを得」と明文が存在するので判例引用をまつまでもなく即時抗告権を許容されていることが明かであります。

この点結局抗告裁判所の決定は民訴第三〇条一項同三三条の解釈を誤り理由不備の違法がある。

第四点以上抗告裁判所の決定には前述のような法令違背があり同違背は同決定に影響を及ぼすこと明かであり且つ被告は審級裁判所に於て裁判を受ける権利を奪われることになるから憲法第三三条に違背するものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例